「それでも、信じる」
この冬、すこし心痛い思いをした。
もちろん、私が痛いということは、相手も痛めたものがあるということ。
一方的なことではない。
それでもこの冬にあったことを人に話すと「ハードだったね」「凄いね」「てんこ盛りだね」そんなリアクションを年上の先輩陣からももれなく頂いたから、
客観的にも”なかなか色々あった”と表現してよい出来事のさなかだったと言って許されると思う。
そんなわけでこの冬の、ちょうど雪の積もっていた期間中=ニセコに短期移住していた期間中、いろいろあった。
1月2月3月、4月。
仕事とパートナーのこと。
2つの出来事があった。
そのそれぞれの真ん中に大切な人がいた。
じたばたしながら、それらの形を未来、私が想像できうる限りの良い形へと向かわせることを諦めたくなくて、私なりに粘った。
いま振り返れば、タイムマシンに乗って「一生懸命すぎだよ」と自分の肩を叩きにいきたくなるくらい笑、心底一生懸命だった。
土俵のうえで、真正面からぶつかっていた。
こんなにたくさん、そして長い期間ぶつかったのは初めてで本当に痛かった。よく泣いた。
それらが、雪解け春の訪れと一緒に収束していったとき、心にぽつんと静かに残ったことが、
「それでも、信じる」
だった。
それでも、信じたい。
私は、それでも、信じたい。
これまで自分の人生を信じてきた。
なにがあっても…18歳、家庭のごたごたを感じ大学受験をひょいとやめたときも、まわりの友達は全員進学するなかフリーターをすることにしても、病気をして入院しても「末は幸せになるための今」だと当たり前のように信じ込んでいたし、
それと同じだけの強さで、向き合えたその相手の人生のことも底抜けに信じてきた。そうしてここまできた。
今回、冬の間ずっと、自分のことも含めてたくさん疑うような気持ちになった。そしてたくさんの人が心配の声をかけてくれた。姉はある晩一緒にたくさん怒ってくれた。
それでも、残ったのだ。
「信じる」という気持ちが。
そうして乗り越え、5月の終わり・6月のはじまりの足かけ5日間、福岡に旅立った。
その先の、講義会場で出会った。
たまたま向かいの席だった方。
人生の大先輩。
私へ「同じだから良く解る」と理解の言葉をかけてくださった。
不器用に“与える”ことをしすぎて勝手にすり減った気持ちになる、その繰り返しでここまできた私のことを、良く解る、とおっしゃってくださった。
自分も同じで、自分もすり減ってどん底にいた時に人から助けられた。それが札幌の知人だったと。
まさか福岡で、札幌在住の恩人を持つ方に出会う。人生って面白いなぁ。
お会いしたのはその講義会場でのみ、2回目は、来月なんとたまたま福岡からその恩人さんとのお仕事で北海道入りをされるその時に。
いいのだ。
「それでも、信じる」
底抜けに信じきって、そうして30歳で独立するまでに、てくてくと歩いてきた。
信じる、と、腹をくくった先で出会った方。
私が現在している仕事を約20年前、日本中の先がけで立ち上げられた創始の方だった。大先輩も大先輩だ。
信じることは怖いことなんかじゃない。
信じれば信じられるし、
信じなければ信じられない。
ただのそれだけ。
そうしてすべては自己責任でもある。
なにかが始まる、と、そういま思っている。
2017.6.2 22:13
福岡→新千歳/トランジットにて一泊する成田空港滑走路上飛行機シートF24より徒然メモ書き✈︎

*このタイミングでこの旅へ、物心ともに多大に支えて送り出してくれたあなたへ大きな感謝を。絶対にむだにしません。